Biography

Biography
1997初頭
Dr.Usui、chiho、Daisukeによりデモ制作を開始。サンフランシスコ在住のHis@yaを含めた4人のチームとして活動を開始する。

7月、5曲入りカセットテープ「Comin' After MOTOCOMPO」配布&販売開始。吉祥寺の雑貨店で飛ぶようなセールスを記録する。
9月、Polysicsとのイベントにて初ライブ。
瞬く間に話題となり、コンピレーションアルバムのリリースが決定する。

1998
コンピレーションアルバム「Tokyo Newwave of Newwave '98」リリース。同時期に行われた発売記念イベントには350人が詰めかける。

1999
年が明けても旋風は吹きやまず、2月に改めて渋谷クラブクアトロで開催されたコンピレーションのレコ発アンコールイベントも超満員に。同時期に、カセットテープ作品集2作目「Foreverlasting Joke」を発表。下北沢ハイラインレコーズのチャートTOP3を数ヶ月にわたりキープする。
4月、80年代東京ニューウェーブシーンの伝説のバンド“Plastics”のトリビュートアルバムに参加、夏には初の単独盤「Tiny Lack'n'roll」を7インチアナログ盤のみで限定発売、瞬く間に完売しCDで10月に再リリース。YUKI、佐久間正英らにより結成された新バンド「NiNa」のライブや、ケラリーノ・サンドロビッチの主宰する劇団「ナイロン100℃」のオープニングアクトに次々指名を受ける。
また、

2000
5月5日、セルフプロデュース・レーベルPoplot発足と同時にファーストシングル「Take Me To Your Party」をリリース。同月、Polysics、Spoozysと共に渋谷クラブクアトロにてイベント「Movin' Parts SOS」開催、ソールドアウト。

2001
Mutant Pop Triangle発売。Our Hour、Geodezikをプロデュース。
レーベルイベント“Mutant Pop Triangle”を開催。
9月、入手困難となっていた1stミニアルバム“Desktop Romancer”をPoplotより再リリース。
11月、リリースツアーを開催。

2002
DMX Krew日本ツアーを主催。
夏から活動休止期間に入る。

2003
3月、ライブ再開。
8月、
有明パナソニックセンターにて行われた、デジタルアートフェスティバル東京において、明和電機のゲストパフォーマーに指名され、2公演。Motocompoの楽曲も明和電機のオリジナル楽器で演奏。
同月、アートユニットSleepのエキシビション「夢のあしあと」展において、Usuiがサウンドトラックを担当。

11月、ロシアのKama recordsの招聘によりロシア・ツアーを敢行。

2004
2月末、カフェイベント、モトコンポのロシアンレポート開催
9月、chihoがThe Pillowsのトリビュートアルバムに、JIRO(GLAY)の要請により彼の新ユニットのボーカルとして参加。
4年ぶりとなる単独作、「Part-time War.ep」を発表、より洗練されたエレクトロサウンドで、これまでのイメージを一新、話題となる。11月「Dream Flows.ep」を発表、海外へはノンプロモーションながら、各国のFMステーションでプレイされる。

2005年
ロシアのロックスター、ナイク・ボルゾフからの依頼を受け彼の代表曲“Loshadka”のリミックスを担当。
ロシア全土のFM局でパワープレイされる。
3月、恵比寿リキッドルームにて開催されたナショナルスタンダードのイベント「HINAMATSURI」に出演。Halcali、meg、uinona、Fantastic Plastic Machineと競演。
同月より開催された愛知万博のソニー館において、エントランスホールのサウンド演出をMotocompoが担当。

夏、プロデュースレーベル「Poplot」が再始動。DMX Krewのオリジナル盤をリリース。プロモ限定コンピレーションCD「Lots of Plots」発表。Motocompoは「Another Century」で参加。
Usuiが新世代エレクトロポップユニット、Utrecht(ユトレヒト)からのオファーを受け、プロデュース。

2006年
ライブ活動を再開。

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